[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 : 此処はウチの通う学園、絶賛冬休み期間
[空き教室] 琴葉 茜 : 冬休みでもなんだかんだで来年度の手続きや部活やらで人は居ります
[空き教室] 琴葉 茜 : 例えば受験、例えば練習、例えば会議
[空き教室] 琴葉 茜 : かくいうウチは…
[空き教室] 琴葉 茜 : ああ、ウチ帰宅部なんで部活とかちゃいますよ?
[空き教室] 琴葉 茜 : 受験?いやあ、そういうのも縁は無いな
[空き教室] 琴葉 茜 : 補習…これでもウチ"優等生"やで?
[空き教室] 琴葉 茜 : じゃあ何で来てるかって?
[空き教室] 琴葉 茜 : まあ
[空き教室] 琴葉 茜 : 女の子は秘密が多い方がええやろ?
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 : ガタン、ロッカーを開いて鞄を置いて
[空き教室] 琴葉 茜 : 茜色の少女は窓から外を眺めているのだった
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 : 「んあ~?」
[空き教室] 琴葉 茜 : …
[空き教室] 琴葉 茜 : しもうた、ウチ一応その枠か
[空き教室] 琴葉 茜 : しゃーなし
[空き教室] 琴葉 茜 : 鞄を隠して見えないようにしつつ
[空き教室] 琴葉 茜 : 教室をたたたと飛び出していった
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 琴葉 茜 : よっと
[空き教室] 琴葉 茜 : 音を抑えながら教室に入り
[空き教室] 琴葉 茜 : ん~と
[空き教室] 琴葉 茜 : あったあった
[空き教室] 琴葉 茜 : 鞄を拾って、背負い
[空き教室] 琴葉 茜 : 「この調子やとここでだらだらするんはバレそーやな」
[空き教室] 南条光 : 「………茜さん?」
[空き教室] 琴葉 茜 : 仕方ないので、そのまま教室を出ていくのだった
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…んお」
[空き教室] 琴葉 茜 : 出る直前、振り返る
[空き教室] 南条光 : 「ああごめん。あと付けるような事してさ」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「すまんな~」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「ちょっち忘れもんがな?」
[空き教室] 南条光 : 「お節介かもだけどさ……ちょっと茜さんの様子気になって」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「あはは、まぁただのドジやきに」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まぁそう気にせんでもな」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「ウチももう戻るつもりやったし?」
[空き教室]
南条光 :
「そう……?」
まだ何か隠してそうな様子が少し気になる…………ちょっと心配っていうか。
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…あはは、気になるかぁ?」
[空き教室] 南条光 : 「……まあ」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「ウチはそんな面白い隠し事せぇへんけどなぁ~」
[空き教室] 南条光 : 「ならいいけど……」
[空き教室]
南条光 :
お節介なのは分かってる。
でもこう……なんだろう。
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まま、じゃあこのまま…」
[空き教室] 南条光 : ………あたしも暇だし、ここは。
[空き教室] 琴葉 茜 : 「南條ちゃんも来とる事やし、戻りましょうかな」
[空き教室] 南条光 : 「じゃあさ、茜さん!」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…んお?」
[空き教室]
アヤ・キリガクレ :
み
つ
け
た
[空き教室] 南条光 : 「これ我が儘なんだけどさ」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「へぇ…」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 扉……ではなく、何故か天井から落ちてくる
[空き教室] 琴葉 茜 : 「どわあ!?」
[空き教室]
南条光 :
「やることないんなら……あたしに」
[空き教室] 南条光 : 「うわあ!?」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…あ、あい、南條ちゃんに…?」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「ふっふっふ……何やら甘い雰囲気を察して、駆けてまいりました」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「!」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「甘い…?」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「続けてください…!」
[空き教室] 南条光 : 「アヤさん…!?」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「情緒おかしなるで」
[空き教室] 南条光 : 「その……アヤさん」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「おや、どうしました?」
[空き教室] 南条光 : 「本当もう少し落ち着いてほしいかなーって…」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「落ち着き……ですか?」
[空き教室] 南条光 : 「まあ……後でいいや」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まぁ、アヤは元気やからな」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「…いえ、先に述べていただけると助かります」
[空き教室]
アヤ・キリガクレ :
「堪えのない性格だと、よく言われます」
「その分、自覚を強くしたいのです」
[空き教室]
南条光 :
茜さん心配してくれる気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと踏み込み過ぎて茜さん引いてないかなって。
まああたしも言えるほどの立場じゃないけど。
[空き教室] 南条光 : 「まあ……」
[空き教室] 南条光 : 「アヤさんの気持ちは嬉しいけど、ちょっと勢いありすぎてビックリしちゃうなって」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まぁ、そう気にしてませんから」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「……勢い、ですか」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「もう少し、ひっそりと現れるべきでしたか…?」
[空き教室] 南条光 : 「まあ……まあ………??」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「そういうことなんかなぁ…??」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「難しいですね……追わねば掴めない、そう思いながら生きてきた分、抑え方について疎いのです……」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「そらまぁ情熱的なもんで」
[空き教室] 南条光 : 本当突っ走りすぎてるけど、アヤさんが茜さん心配してくれてそうなのは、普通に嬉しい。
[空き教室] 南条光 : 「まあ……一旦話戻すね」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「はい」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「お、おん」
[空き教室] 南条光 : 「でまあ…茜さん。あたしの我が儘なんだけど」
[空き教室]
アヤ・キリガクレ :
「(……琴葉様は、私の大切な友人)」
「(しかし、どうにも……避けられている、と感じてしまうのは私の性格が……?)」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…ん」
[空き教室] 南条光 : 「あたしも実は今補習終わりでやることなくてさ、暇なんだ」
[空き教室] 南条光 : 「その……学校の友達と一緒にいる機会なんかもあんまりないし」
[空き教室] 南条光 : 「今日この後付き合ってくれたら、嬉しい」
[空き教室] 琴葉 茜 : …困ったな、うん
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まぁ」
[空き教室] 琴葉 茜 : まぁ
[空き教室]
琴葉 茜 :
「…ええで」
[空き教室] 南条光 : 「……!」
[空き教室] 琴葉 茜 : チャンスはあるやろ
[空き教室] 南条光 : 「ありがとう茜さん!」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「"暇"してるしな」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「(……勢い、勢い、勢い、勢い抑えて、抑え…抑え…抑え、おさえ?????)」
[空き教室]
南条光 :
「あー………」
アヤさんバグってる……
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…アヤ~?」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「…お、抑えめにお邪魔するには、そうすれば???」
[空き教室] 南条光 : 「……アヤさんも来る?」
[空き教室]
アヤ・キリガクレ :
「は、はい!」
「お誘いいただきます!ありがとうございました!」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「おう」
[空き教室] 南条光 : 「うん、あたしもアヤさんと久しぶりに一緒になれて楽しいから」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まぁ、よろしゅうな」
[空き教室]
アヤ・キリガクレ :
「は、はい!」
「今回は抑えめに頑張ります…!」
[空き教室] 南条光 : 「うん、よろしくねアヤさん、茜さん」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「……はい!」
[空き教室] 琴葉 茜 : こくり、頷いて
[空き教室] 南条光 : しかしまあ……茜さんが心配だからこうしちゃった訳なんだけど………
[空き教室] 南条光 : この後、どうしよっか。
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「なんか」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「あ~」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「…」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「飯でも?」
[空き教室] 南条光 : 「っ!」
[空き教室] 南条光 : 「いいね!」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「食堂か、外食か……どちらにしましょうか?」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「食堂が近いですし」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「まぁそっちでええんちゃいます?」
[空き教室] 南条光 : 「だね、時間も丁度いいし」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「はい、私もそちらがいいかと」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「じゃあまぁ」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「では、颯爽と……あ、いえ」
[空き教室] 琴葉 茜 : 「行きましょうか」
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「のんびりと、はい」
[空き教室] 琴葉 茜 : …ま、色々やっときゃ隙もありましょう
[空き教室] アヤ・キリガクレ : 「(………どうにも、琴葉様には)」
[空き教室] 南条光 : ……茜さん何かある、とは思うんだけど
[空き教室]
南条光 :
突っ込んでいい問題なんだろうか、あたしが
[空き教室] 南条光 : ………でもやっぱり
[空き教室] 南条光 : 心配で目が離せない
[空き教室] 南条光 : ……本気で嫌そうなら少し考えなきゃだけど
[空き教室] 南条光 : 今は………
[空き教室] 南条光 :
[空き教室] 琴葉 茜 :
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 : 兎に角もう、飛び出ていたかった。
[空き教室]
船見結衣 :
ずんずんと歩みゆく。
後ろに樹がついてきているのかも気にせずに。
[空き教室] 船見結衣 : その時に、ふと。
[空き教室] 船見結衣 : 校庭が目に映った。
[空き教室] 船見結衣 : そこに在ったのは、部活動も終えてもまだ走っている、同じ陸上部の人。
[空き教室]
船見結衣 :
友だちといえるほど、親しいわけでもない仲。
その彼女らが、練習のために走っている。
[空き教室] 船見結衣 : ………思えば、今日集まったのは。
[空き教室] 船見結衣 : 陸上の、地区予選。
[空き教室] 船見結衣 : それに選ばれて、練習のためにここで走っていた。
[空き教室]
船見結衣 :
そうだ、選ばれたのだ、私は。
認められたのだ。
[空き教室]
船見結衣 :
……だというのに、その私本人はこうやって。
ただ、日常を過ごしている。
[空き教室] 船見結衣 : 他の人だって頑張っているのに、私もそうしないなんて。
[空き教室] 船見結衣 : 私が唯一持ってる、”走る”って長所。
[空き教室] 船見結衣 : これさえ無くしてしまったら、私は。
[空き教室] 船見結衣 : …何が残るのだろう。
[空き教室] 船見結衣 : だから、今ここにいるよりも……
[空き教室] 船見結衣 : ……ずっと、走らないといけない。
[空き教室] 船見結衣 : 足が早まった。
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「あいたっ!?」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 急に立ち止まってしまった結衣先輩の背中に、鼻が当たる。
[空き教室] 船見結衣 : 「………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「あ、ご、ごめんなさ……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………?」
[空き教室] 船見結衣 : 無言を返して、そのまま止まった足を動き出す。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 鼻を触りながら、結衣先輩へ謝ろうとするも……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………結衣、先、輩……?」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私は、一緒に来て、って言ってくれた、結衣先輩の言葉が嬉しくて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : こんな自分でも、必要としてくれる人がいることに、すごく幸福感を感じていて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ふと
[空き教室] 犬吠埼樹 : 結衣先輩が見つめていた窓の外を見る。
[空き教室] 犬吠埼樹 : そこには、まだあの後も練習をしていた、結衣先輩の同期の人や、先輩方。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「…………」
[空き教室]
犬吠埼樹 :
……私は、結衣先輩が憂いを抱いことが、何となくだけど……感じられた。
もしかしたら、気のせいかもしれないけど……どこか先輩は………。
……でも、その正体までは、全然分からなくて……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : …………。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……まだ、私は……先輩の役に、立てて、いない……?
[空き教室] 船見結衣 : ……早くいかなきゃならない、あの場所に。
[空き教室]
犬吠埼樹 :
………私は、ずっと結衣先輩の補佐を続けてきた。
タイムを速くしたいという、結衣先輩の想いを支えたいと思って。
真っ直ぐ、夢に走ろうとしている結衣先輩を、見て────。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ────────夢……?
[空き教室] 犬吠埼樹 : 結衣先輩の後を追いながら、ふと、脳裏に違和感を抱く。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 結衣先輩は………先輩は………。
[空き教室]
船見結衣 :
戻らないと。
……私の居場所は……あそこ、なんだろうから。
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 : 一体何のために、走ってるんだろう。
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「…………………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私は、ずっと結衣先輩の傍で支え続けているつもりだった。
[空き教室] 犬吠埼樹 : でも、でも。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私は……知らない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 先輩の目指す場所、叶えたい夢。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 自分が、どうなりたいかの、展望……。
[空き教室]
犬吠埼樹 :
私は、私はずっと、みんなの頼れるお姉ちゃんみたいになりたから
だからずっとこうして、勇者部として、ボランティア活動を続けていて……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私には、なりたい姿がある。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……じゃあ、結衣先輩は………?
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私は────。
[空き教室] 犬吠埼樹 : くい。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ゴールの無い場所へ、無我夢中に走ろうとしていた先輩の走りを止めるように。
[空き教室] 犬吠埼樹 : その裾を掴んで、止めた。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………結衣先輩」
[空き教室] 船見結衣 : 「………っ、え」
[空き教室] 船見結衣 : ゴールテープを切り終える、前に。
[空き教室] 船見結衣 : 足が止まった。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……臆病な私を、乗り越える。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私が、本当に人の助けになれるかどうかの、分岐点。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……結衣先輩の傍に、立ってもいい人間なのかどうか、ここで……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……覚悟を決める。
[空き教室] 犬吠埼樹 : その表情は、いつもの気弱なものではなく。
[空き教室] 船見結衣 : 「…あ、っと……用事が出来て、だから……今日は……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 真剣一色、結衣の瞳を、じっと見つめて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「だめです」
[空き教室] 船見結衣 : 慌てて、言葉を紡いで、いこうとする。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「今だけ私を優先してください」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 遮るように。
[空き教室] 船見結衣 : 「……え、あ…」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 一歩、前へ。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 結衣先輩のスカーフを握り、至近距離で見上げる。
[空き教室]
船見結衣 :
樹の様子は、奥手な様子ではなく。
…とても、”前に出ていた”。
[空き教室] 船見結衣 : 「……優先して、って、そんな……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「…………」
[空き教室]
船見結衣 :
……こんな事を言われたのは、初めてで。
だからこそ、困惑が勝ってしまう。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 結衣先輩の言葉を押し殺すように、翠色の瞳で結衣を見つめ続ける。
[空き教室] 船見結衣 : 「……私には、大事な……大会の練習が……っ」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………はい、それは、分かってますよ」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「結衣先輩、あんなにもたくさん努力してましたもんね」
[空き教室] 船見結衣 : その瞳に押しつぶされ、続く言葉も紡がれない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「朝練も欠かさず続けて、夕方までずっと、ずっと走って」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「休日も、祝日も、暇さえあれば、ずっと走って、走って、走って」
[空き教室] 船見結衣 : 「………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………先輩」
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「どこへ走ってるんですか?」
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 犬吠埼樹 :
[空き教室] 船見結衣 : 「──────」
[空き教室] 船見結衣 : 「……あ、っ……っく」
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……聞いてしまった。もしかしたら、先輩にとって、聞いてほしくないものかもしれない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 怒らせてしまうかもしれない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : でも。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 私は……聞きたい。聞かなきゃいけない。
[空き教室] 船見結衣 : ……なんで、答えられないんだ。
[空き教室] 犬吠埼樹 : だって……結衣先輩の傍に、いたいから。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………………」
[空き教室] 船見結衣 : そんなの、もっと上になるためとか、もっと走りがうまくなるため…
[空き教室] 船見結衣 : ……違う
[空き教室] 船見結衣 : ……私は、私は。
[空き教室] 船見結衣 : 「それしか、ないんだ」
[空き教室] 船見結衣 : 「だから、走る」
[空き教室] 船見結衣 : ゴールが見えなくっても、走らなきゃならない。
[空き教室] 船見結衣 : ずっと、ずっと。
[空き教室] 船見結衣 : がむしゃらに、そう与えられたのだから。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 結衣先輩の、心の支え。
[空き教室] 犬吠埼樹 : それが、走ること。
[空き教室]
犬吠埼樹 :
誰かに認めてもらうには、結衣先輩は、ずっと走るしかない。
走って、走って、走って。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 精神がズタボロになっても、それでも走って、走って────。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ────その先に、先輩の笑顔は、あるんですか?
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 先輩のスカーフを握る手の力が、強くなる。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………そんなことないですよ」
[空き教室] 船見結衣 : それを言う、結衣の顔は。
[空き教室] 船見結衣 : 子どものように、ただ酷く、怯えていた。
[空き教室] 船見結衣 : 「………っ」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……結衣先輩は、確かに……陸上部員として、すごいです。この学園で誇るエースの1人です。間違いないです。」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「でも…………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……それしかないだなんて……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……なんで、そんなこと、言うんですか」
[空き教室] 犬吠埼樹 : その語気は強く。
[空き教室] 犬吠埼樹 : どこか、怒りも籠っているようで。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「先輩が大会で失敗したら、全部失っちゃうって思ってるんですか」
[空き教室] 船見結衣 : 「ぅ、あ……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「名声も、信頼も」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「────友達も」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「────────そんなこと、あるわけないですッ!!!」
[空き教室] 船見結衣 : ……普段のその、樹の気持ちが、思いが、一心にぶつかって。
[空き教室] 船見結衣 : それが、今までにないもので────
[空き教室] 犬吠埼樹 : 強く、結衣先輩の瞳を見つめる。
[空き教室] 船見結衣 : 「……ないって、どうして言えるんだよ……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 恥ずかしくない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : これは、私の、本心そのもの。
[空き教室] 船見結衣 : その瞳は、助けを求める、潤んだ瞳。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………それは────────」
[空き教室] 犬吠埼樹 : ………もう、私は、恐れない、引かない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ここで逃げたら、二度と結衣先輩の傍に立てないから。
[空き教室] 船見結衣 : ……それ以外もある、なんて信じられない。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 勇者として、私は。
[空き教室] 船見結衣 : ずっと、一人ぼっちだったのに。
[空き教室] 犬吠埼樹 : "勇気"を。
[空き教室] 犬吠埼樹 : みんなに、与えるのが、使命。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「────────私が、結衣先輩のことが、好きだからです!!!」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 臆病な私を壊して────────
[空き教室] 犬吠埼樹 : ────あうぅ……!?
[空き教室] 船見結衣 : 「────────」
[空き教室] 犬吠埼樹 : ふぇっ……!?わ、私、にゃ、にゃにを……!?
[空き教室] 犬吠埼樹 : ………で、でも……でも、でも……!!!!
[空き教室] 犬吠埼樹 : これ、は……うん……私の、本心、だから……!!!
[空き教室] 船見結衣 : ……何も考えられなかった。
[空き教室] 船見結衣 : ただ、びりりと、私の中が何かが走った。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………先輩」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「結衣先輩は………」
[空き教室]
犬吠埼樹 :
・・・・・・
「一人じゃないんですよ」
[空き教室] 船見結衣 : そして。
[空き教室] 船見結衣 : う、あ、ぁ、あああああ。
[空き教室] 船見結衣 : 「ぁ、あああ………」
[空き教室] 船見結衣 : じわりと、目の奥から、滲みだしていく、何か。
[空き教室] 船見結衣 : 「………う、ぅううう………」
[空き教室] 船見結衣 : 「わ、た、しっ、はっ……」
[空き教室] 船見結衣 : 「………ひとり、じゃ…ない、の…?」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 嗚咽する先輩を、私は。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ぎゅっ。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 抱き締める、力強く。
[空き教室] 船見結衣 : ぐっ、と、言葉が節々に詰まる。
[空き教室] 船見結衣 : 目は潤み、顔はゆがんでいき。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……はい、1人じゃないです、私は……先輩が、この先どうなっても、ずっと、傍にい続けます」
[空き教室] 船見結衣 : それでも、私といてくれる、彼女を。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「たとえ、大会で失敗しても……先輩がカッコ悪いことをしても……みんなに嫌われても……世界の敵になっても……」
[空き教室] 船見結衣 : ぎゅっと、抱き締める。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………先輩の、味方でい続けます!!……って、あうぅっ……!」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 身長差もあり、結衣の胸の中にすっぽり収まる樹。
[空き教室] 船見結衣 : 「ぅ、ん、うん、うん……」
[空き教室] 船見結衣 : その言葉を嚙み締めるように、こくこくと頷いて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ………えへへ、やっぱり……。
[空き教室] 船見結衣 : 自分より小さなその彼女を、離さないかのように深く深く。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 失礼かも、ですけえど……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……先輩は、カッコイイよりも……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……可愛いです」
[空き教室] 船見結衣 : 「………あ、う」
[空き教室] 犬吠埼樹 : もごもごと、結衣先輩の胸の中で、多幸感に包まれる。
[空き教室] 船見結衣 : 後輩に泣きついて、それで……可愛い、なんて言って”もらえる”なんて。
[空き教室] 船見結衣 : 「……っく、ぁ…せん、ぱぃ……しっかくだ、ずびっ、あはは………」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………先輩……その、先輩にも、プライドとか、あるのは、分かります……なので……えっと……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : よしよしと、結衣先輩の背中を撫でながら。
[空き教室] 船見結衣 : ……ああ、私よりも小さくて、幼いように見えて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……失格って思っちゃうかもしれません、でも……いいんです」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……人間は、失敗してナンボ、そうじゃないですか……?えへへ」
[空き教室] 船見結衣 : 一本の、芯が出来ている。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………だから、もし……先輩が、走ってて……転びそうになったら……」
[空き教室] 船見結衣 : 「……う、ああ、うん…うん…」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「私が、受け止めちゃいます……!!!」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「辛い時は、私に全部、ぜーんぶぶつけてください……!」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……私は、え、えっと、その……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 頬を少し赤くしながら。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「………ゆ、結衣先輩のこと、好き、なので……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……カッコイイところも……可愛いところも、その……全部、好き……なので……ゴニョゴニョ……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 最後らへんは小声で。
[空き教室] 船見結衣 : すっと、息を吸って。
[空き教室]
船見結衣 :
「……私が、こんな、人間でも……支えて、くれる、んだ…」
その言葉のすべてを、噛み締めて。
[空き教室]
船見結衣 :
…ああ、ああ。
最低な先輩、先輩失格だし、これはダメだ、ダメだけど。
[空き教室] 船見結衣 : ……小さなそのぬくもりが、とても冷えた心に染みわたってしまう。
[空き教室] 船見結衣 : ああ、これは、間違いなく、私は。
[空き教室] 船見結衣 : 「…樹……」
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 : 「大好きだ……」
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 : そう、縋りつくように。
[空き教室] 船見結衣 : そこに確かにいる、彼女に。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……………!!!」
[空き教室]
船見結衣 :
自分のその気持ちを、吐きだしたくなって。
先輩とか、年上とか、陸上だとか、全部忘れて捨てきって。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 胸に、じんわりと温かなものが、広がっていく。
[空き教室] 船見結衣 : 「……う、ぅう……好きだ、好きだから、樹…!樹!!」
[空き教室] 船見結衣 : 抱擁する力が、強くなっていく。
[空き教室]
犬吠埼樹 :
「……うん、うん……!」
結衣を宥めるように、胸の中で、何度も頷きながら。
強い抱擁を受け止め、結衣の背中を優しく撫でる。
[空き教室] 船見結衣 : 「っ、うう………」
[空き教室] 船見結衣 : 背中に触れられた感触が、じんわりと伝わっていく。
[空き教室] 船見結衣 : …あったかい……
[空き教室] 船見結衣 : 「…えへへへ」
[空き教室] 船見結衣 : と、涙でぬれながらも、精一杯。
[空き教室]
船見結衣 :
これまでにないほどの、
とびっきりの笑顔を見せた。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……ふふ」
[空き教室] 犬吠埼樹 : その笑顔を見て、樹もまた、笑顔が綻ぶ。
[空き教室]
犬吠埼樹 :
私に、結衣先輩が見せてくれた弱い顔。
それは、私に対する信頼の証でもあるから。
[空き教室] 犬吠埼樹 : それが、嬉しくて、嬉しくて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 胸が、きゅぅってなって。
[空き教室]
船見結衣 :
……ずっと寂しかった。
一人ぼっちで、与えられたものだけでみんなと関わっていった。
[空き教室] 犬吠埼樹 : もっと、もっと結衣先輩を甘やかしたくなっちゃう。
[空き教室] 船見結衣 : でも、樹は、樹だけは違う。
[空き教室]
船見結衣 :
……私そのものを、好きって言ってくれて。
離れないって、そう言ってくれた。
[空き教室]
犬吠埼樹 :
……お姉ちゃんがよく私のこと可愛がってくれて
女子力だーとか、姉力だーとか、言ってるけど……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……それとは、なんだか、違うような気がしてくれて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ……ああ、これ……。
[空き教室] 犬吠埼樹 : お父さんも、お母さんもいないから、分からないけど……でも、これがきっと────。
[空き教室] 犬吠埼樹 : ────母性、っていう感情、なのかな。
[空き教室]
船見結衣 :
…それが、とっても嬉しくて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……結衣先輩、しばらくずっと、こうしていましょうね……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 優しい声で。
[空き教室] 船見結衣 : もう、走らなくていい。
[空き教室] 船見結衣 : そう、思えたことが。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 背中を、とん、とん、と優しく叩きながら。
[空き教室] 船見結衣 : 幸せだった。
[空き教室] 船見結衣 : 「……うん、うん」
[空き教室] 船見結衣 : こくこくと、樹の中で、何度も頷いて。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「先輩の踏ん切りがつくまで、ずっと私は、ここにいますから」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「絶対に、離れませんから」
[空き教室] 犬吠埼樹 : えへへ、と少女らしい笑みを見せながら。
[空き教室]
船見結衣 :
「……樹……」
思えば。
[空き教室]
船見結衣 :
「……ずっと、一緒にいてくれた…もんね……」
タイムを計るために、タオルを渡してくれるために。
[空き教室] 船見結衣 : 「……だから、もっと、もう少しだけ……いさせて……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……はい、ずっと傍に、いましたから、結衣先輩の支えになりたかったから」
[空き教室] 船見結衣 : 涙が枯れるまで。いいや、枯れてもずっと、こうしていたい。
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「……いいですよ……普段のカッコイイ先輩はお休みの日です……」
[空き教室] 犬吠埼樹 : 「いーーーっぱい、甘えてくださいね……」
[空き教室]
船見結衣 :
その返しに、うんうんと。
頷きしか返せなくて、縮こまる。
[空き教室] 船見結衣 : ……産まれて、初めて。
[空き教室] 船見結衣 : ずっと走り続けていた、この道を。
[空き教室] 船見結衣 : "止めさせられた"。
[空き教室] 船見結衣 : ……ああ。
[空き教室] 船見結衣 : 幸せだな、私……
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 : こうして。
[空き教室] 船見結衣 : 強がりな姫様は、頑固な勇者様に助けられました。
[空き教室] 船見結衣 : とさ。
[空き教室] 船見結衣 : ……この話の続きは、きっと。
[空き教室] 船見結衣 : めでたしめでたしで終わるのだろう。
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 :
[空き教室] 船見結衣 :